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診療所の「損益差額」をどう読むか — 損益率28.8%の中身

医療経済実態調査の「個人診療所 損益率28.8%」は院長の手取りではありません。院長報酬・退職金積立・設備更新資金が混ざった数字の分解と、自院の実質手取りを検算するフレームを第25回調査の実数で示します。

執筆・監修 クリニックAIラボ 編集長現役内科医 / 医療AI研究者

夜の診療所事務室で院長が帳簿と電卓を前に座り、帳簿から伸びる流れがいくつかのブロックに分かれていくフラットイラスト
公開
2026-07-12
更新
2026-07-12
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はじめに——「開業したら、実際いくら残るのか」に数字で向き合う

「開業したら、実際どのくらい残るんですか」。開業を考え始めた同業の先生方から相談を受けるとき、いちばん多く、そしていちばん答えにくいのがこの質問です。院長どうしでも収入の話は聞きづらく、開業本の収支計画とニュースの「開業医は黒字」という見出しの間で、実感の持てる数字がないまま宙づりになっている方が多いように思います。

手がかりになる公的統計はあります。2025 年 11 月 26 日に公表された第 25 回医療経済実態調査です [1]。そこには「一般診療所の損益率は個人 28.8%、医療法人 4.8%」という数字が載っています [2]。ただしこの損益率の土台にある「損益差額」という数字は、定義を知らずに読むと個人と法人で 6 倍差があるように見え、勤務医の年収とも比べられない、癖の強い統計です。

この記事では、①「損益差額」を勤務医の給与明細の言葉に翻訳し、②第 25 回調査の実数で個人 28.8%・法人 4.8% の実像を確かめます。さらに③自院の「実質手取り」を検算できるワークシートを作り、④費用構造を AI・DX 投資の検算につなげるところまでお伝えします。以降の経営の記事はすべて、この記事の数字を土台に書いていきます。

損益差額は「院長の給料」ではない — 勤務医の給与明細と読み替える

結論から言うと、医療経済実態調査の「損益差額」は、勤務医の感覚でいう「年収」とは別の数字です。ここを取り違えると、報道の見出しも、自院の決算書も、開業本の収支計画も、正しく読めません。

まず、勤務医の給与明細を思い出してください。額面の給料と賞与があり、そこから税金と社会保険料が引かれて、手取りが振り込まれる。そして給与明細には載らないところで、勤務先は社会保険料の事業主負担分を払い、退職金を積み立て、施設や医療機器の更新費用を病院の会計として別に抱えています。勤務医の年収——例えば額面 1,200 万円という数字——は、こうした負担を勤務先が肩代わりした上での、純粋な「労働の対価」です。

一方、個人立の診療所における「損益差額」の定義はこうです。1年間の収益 (医業収益 + 介護収益) から、費用 (スタッフの給与費、医薬品費、委託費、減価償却費など) を引いた残り、それが全部です [1]。この費用の中に「院長の給料」という費目はありません。個人事業主には、自分に給料を払うという会計上の概念がないからです。なお、この損益差額 (円) を収益で割った比率が「損益率」(%) です。冒頭の 28.8% や 4.8% は、こちらの損益率を指します。

調査の概要資料には、この点がはっきり書かれています。

「個人立の一般診療所については、損益差額の計算上、開設者(院長等)の報酬に相当する部分が、費用に計上されていないこと等から、医療法人よりも、『損益率』が数値上高くあらわれている。」(第25回医療経済実態調査の概要 (中医協 総-1-2)、2026-07-10 取得) [2]

さらに報告の概要には、損益差額の使い道についてこう注記されています。

「個人立の一般診療所の損益差額からは、開設者の報酬となる部分以外に、建物、設備について現存物の価値以上の改善を行うための内部資金に充てられることが考えられる。」(第25回医療経済実態調査 (医療機関等調査) 報告の概要 (中医協 総-1-1)、2026-07-10 取得) [1]

つまり個人立診療所の損益差額とは、少なくとも次の 4 つが 1 行に溶け込んだ「混合体」です (①と③は調査の注記が明示する部分、②と④はそこから敷衍した筆者の整理)。①院長の働きの対価 (勤務医なら額面給与にあたる部分)、②退職金の積立 (開業医には誰も積み立ててくれないので、ここから自分で用意する)、③建物・設備を更新するための内部資金 (上の注記が指す部分)、④事業としての利益。勤務医の給与明細に翻訳するなら、「額面年収 + 勤務先が積み立てている退職金 + 病院が建て替えのために貯めているお金」を全部合算して 1 つの数字にしたようなものです。

勤務医の給与が単一の箱であるのに対し、個人診療所の損益差額は働きの対価・退職金の積立・設備更新の資金などが積み重なった箱として描かれた概念図
図 1: 個人診療所の「損益差額」の中身 — 勤務医の給与明細との対比 (出典: 中医協 総-1-1 p7・総-1-2 p2 の注記 [1][2] を基に編集部作成)

医療法人立の診療所では、話が逆になります。院長 (理事長) の報酬は「役員報酬」として費用にすでに計上されています。だから医療法人の損益率 4.8% は、院長に給料を払った後に法人に残った割合です [2]。個人 28.8% と法人 4.8% を並べて「個人のほうが 6 倍儲かっている」と読むのは、定義の違いを無視した誤読ということになります。

「診療所は 28.8% の黒字」という見出しが流れたとき、勤務医や一般の読者は「利益率 28.8% の商売」と受け取ります。同じ調査で一般病院全体は▲7.3% の赤字ですが [2][5]、病院は院長も勤務医も給与が費用に入った上での数字です。つまり見出しに並ぶ「28.8%」と「▲7.3%」は、そもそも同じ土俵の数字ではありません。この非対称を知っているかどうかが、この統計を読む入口になります。

——ここまでを自院に置き換えると、今日やることは 1 つです。自院の直近の決算書類で「損益差額に相当する行」を確認し、そこに院長 (自分) の取り分が入っているか、いないかを言えるようにする。個人立なら確定申告の事業所得 (収入から必要経費を引いた額) が損益差額に近い概念で、院長の取り分込み。法人なら損益計算書の利益は役員報酬を払った後です。この 1 行の違いが、次章の統計を読む土台になります。

第25回医療経済実態調査を読む — 個人28.8%・法人4.8%の実像

まず、この調査の素性を押さえます。医療経済実態調査は、中央社会保険医療協議会 (中医協) が「社会保険診療報酬に関する基礎資料を整備することを目的として」実施する公式調査です [1]。2 年分の決算をまとめて、診療報酬改定の前年に公表されるサイクルです。第 23 回が令和元・2 年度、第 24 回が令和 3・4 年度 [2][3]、そして 2025 年 11 月 26 日に公表された第 25 回が令和 5・6 年度のデータを扱います [1]。診療報酬をどれだけ上げ下げするかの議論は、この数字を土台に行われます。開業医の経営を扱う統計として、日本でいちばん「使われる」数字と言っていいと思います。

サンプルの規模も見ておきます。一般診療所は全国から 1/15 の抽出で調査対象 4,062 施設、有効回答は 2,232 施設 (54.9%) でした [1]。半分弱の施設は回答していないので、回答しなかった施設の状況はこの数字に反映されていない、という構造上の限界はあります (どちらの方向に偏るかは資料からは判断できません)。

令和6年度の姿 — 平均値と中央値

第 25 回調査の一般診療所 (全体) の損益率 (平均値) は、個人立が 28.8%、医療法人立が 4.8% でした [2]。中央値 (施設を損益率の順に並べたとき、ちょうど真ん中に来る施設の値) はそれぞれ 27.2% と 2.7% です [2]。前章の定義を踏まえて読み直すと、「院長の取り分込みで 28.8%」と「院長報酬を払った後で 4.8%」という 2 つの数字であり、非対称なのは主に定義のせいです。

一般診療所の損益率を個人と医療法人で比較した棒グラフ。個人は平均28.8%・中央値27.2%、医療法人は平均4.8%・中央値2.7%
図 2: 一般診療所の損益率 — 個人と医療法人 (令和 6 年度、平均値と中央値) (出典: 第25回医療経済実態調査の概要 (中医協 総-1-2) p2 [2]、2026-07-10 取得)

率だけでなく、実額で見るとイメージがつかみやすくなります。1 施設あたりの平均像 (令和 6 年度) はこうです [1]。個人立は収益約 9,120 万円 (医業収益 9,085.7 万円 + 介護収益 34.6 万円) に対して費用約 6,489 万円、損益差額は約 2,631 万円。医療法人立は収益約 1 億 8,987 万円に対して費用約 1 億 8,082 万円、損益差額は約 905 万円です。法人のほうが事業規模は 2 倍あるのに、院長報酬を払った後に残る額は 905 万円 — この 2 つの風景を並べると、「率の見出し」だけでは見えない実像が出てきます。

1施設あたりの収益・費用・損益差額を個人と医療法人で比較した棒グラフ。個人は収益約9,120万円で損益差額約2,631万円、医療法人は収益約1億8,987万円で損益差額約905万円
図 3: 1 施設あたりの収益・費用・損益差額 (個人 vs 医療法人、令和 6 年度、万円) (出典: 第25回医療経済実態調査 報告の概要 (中医協 総-1-1) p7 [1]、2026-07-10 取得)

経年で見る — 令和6年度は個人・法人とも低下

推移も見ておきます。個人立の損益率 (平均値) は令和元年度から 31.8 → 28.0 → 27.9 → 30.2 → 32.0 → 28.8% と、おおむね 30% 前後の帯で推移してきました [2]。医療法人立は 6.5 → 3.8 → 7.1 → 8.3 → 8.3 → 4.8% で、令和 6 年度に大きく下げています [2]。日本医事新報はこれを「一般診療所は黒字を確保したが、損益率は低下傾向にある。特に医療法人の損益率は前年度からほぼ半減した」と報じました (日本医事新報 2025-11-28) [5]。医業収益がわずかに減り (個人 ▲2.8%、医療法人 ▲2.1%)、費用の収益比が上がった (個人 68.0% → 71.2%、法人 91.7% → 95.2%) ことが背景の数字です [1]。

一般診療所の損益率の推移を示す折れ線グラフ。個人は令和元年度から30%前後で推移し令和6年度28.8%、医療法人は1桁で推移し令和6年度4.8%
図 4: 一般診療所の損益率の推移 (平均値、令和元〜6 年度) (出典: 総-1-2 p2 [2]。令和元・2 年度は第23回、令和 3・4 年度は第24回調査の結果から引用、2026-07-10 取得)

平均の後ろにある分布 — 法人の約4割弱が赤字

平均値は分布の一点にすぎません。第 25 回調査の損益率分布 (令和 6 年度) を見ると、医療法人立では損益率 0% 未満 — つまり赤字 — の施設が約 37% あります (分布グラフの 0% 未満の区分の構成比を合計した筆者集計で 37.4% [2])。帝国データバンクが別に行った調査でも、診療所 (約 700 法人) の赤字法人比率は 38.4% と報告されており [4]、別データで近い水準です。個人立でも約 7% が損益率マイナスです (同じく 0% 未満の区分の筆者集計で 6.8% [2])。個人の損益差額は院長の取り分込みですから、ここがマイナスというのは「院長が 1 円も取らなくても赤字」という状態を意味します。

逆に右側の裾も広く、個人立では損益率 50% 以上の施設が 1 割強あります (50% 以上の区分の構成比の筆者集計で約 11.5% [2])。「診療所」とひとくくりに語られる集団の中に、これだけの幅がある — 平均値 28.8% は、この広い分布を 1 つの数字に圧縮したものです。

同じ数字、2つの読み方 — 健保連と診療側

この数字が中医協でどう読まれるかも見ておきます。支払側の健康保険組合連合会 (健保連) は、公式見解でこう書きました (原文の「損益差額率」は、本記事でいう「損益率」と同じ指標を指す健保連側の呼称です)。

「一方、診療所と保険薬局の平均損益差額率については、一般診療所では個人が28.8%、医療法人が4.8%の黒字であり、いずれも令和5年度から縮小したものの、底堅く推移している。」(健保連「第25回医療経済実態調査の結果に対する見解」(中医協 総-5-1)、2026-07-10 取得) [3]

同じ数字を、診療側や医療業界メディアは「損益率が悪化」「ほぼ半減」と読みます [5]。どちらかが嘘をついているのではなく、同じ統計のどの断面 (水準か、変化率か) に光を当てるかの違いです。診療報酬改定の議論は、この「同じ数字の別の物語」のぶつかり合いとして進みます。定義と分布を知らずに見出しだけ読むと、どちらかの物語にそのまま乗ることになります。

出口の統計 — 廃業は過去最多

最後に、実調 (医療経済実態調査の業界での略称) の外側にある「出口」の数字です。帝国データバンクによると、2025 年に休廃業・解散が判明した診療所は 661 件で過去最多、診療所の倒産 (28 件) の 23.6 倍にのぼります [4]。同社の分析では、年齢が判明した診療所経営者 1 万 553 人のうち 70 歳以上が 56.7% を占めます [4]。平均像は黒字を保っていても、分布の裾と経営者の高齢化という時限要因で、市場からの退場は静かに過去最多を更新している — 実調の平均値と、この出口の統計は、セットで眺めるべき数字だと考えています。

では、自院ではどうか。まず電卓を一度叩きます。直近期の損益率 (個人なら [収入 − 必要経費] ÷ 収入) を出し、図 2 と分布の話に重ねて、自分が中央値 27.2% (個人) / 2.7% (法人) のどちら側にいるかを確かめる。位置が分かれば、次章の「実質手取り」の計算が自分の数字でできます。

自院の「実質手取り」を検算する — 損益差額から4つを引く

ここからは、損益差額を「勤務医の手取り感覚」に翻訳する計算フレームを作ります。使うのは引き算 4 回だけです。順番に意味があるので、その順で追ってください。

第 1 の引き算は、税金と社会保険料です。 個人立の損益差額は、おおむね税引前の事業所得に対応します。ここから所得税・住民税・個人事業税、そして国民健康保険 (または医師国保) と国民年金の保険料を払います。実効負担率は課税所得の水準、各種控除、家族への専従者給与 (家族従業員への給与を経費にできる制度) の設計で大きく変わるため一概に言えませんが、本記事の実例では仮に 35% と置きます (前提であり、自院の実際の率は税理士に確認してください)。

第 2 の引き算は、借入の元本返済です。 ここが会計の最大の落とし穴です。借入金の利息は費用になりますが、元本の返済は費用になりません。つまり元本は、税金を払った後のお金から出ていきます。損益差額が 2,600 万円あっても、元本返済が年 330 万円あれば、その 330 万円は「税引後の財布」から消えます。参考までに、実調では一般診療所 (全体) の長期借入金の平均残高は約 3,209 万円です (貸借対照表を提出した施設の集計 [2])。

第 3 の引き算は、退職金の自前積立です。 勤務医なら勤務先が退職金を積み立て、社会保険料の事業主負担分を払っています。開業医にはどちらもないので、小規模企業共済や iDeCo などで自分の将来分を自分で積むことになります。これは「貯金」ではなく、勤務医が黙っていても受け取っていた見えない報酬の自己再現です。

第 4 の引き算は、設備更新の内部資金です。 前章で引用したとおり、調査自身が「建物、設備について現存物の価値以上の改善を行うための内部資金に充てられることが考えられる」と注記しています [1]。内装も医療機器も 10〜15 年で更新期が来ます。その原資は損益差額の中から先取りしておくお金です。

損益差額から税・社会保険、借入の元本返済、将来への積立を順に差し引き、最後に手元に残るお金へと細くなっていく計算ツリーの概念図
図 5: 損益差額から「実質手取り」への計算ツリー (編集部作成。金額は本文の表を参照)

平均像で通し計算してみる

このフレームに、第 25 回調査の「平均像の個人診療所」を通してみます。すべて前提を明示した筆者の試算です (自院の検算では、右列の金額を自分の数字に置き換えてください)。

計算ステップ平均像での置き方 (前提)金額
損益差額実調の個人立平均 2,631 万円 [1] を 2,600 万円に丸め2,600 万円
① 税・社会保険実効負担率 35% と仮置き (控除・専従者給与で変動)▲910 万円
② 借入の元本返済開業時借入 5,000 万円・15 年元金均等 (毎年同額の元金を返す方式) と仮定 (税引後から返済)▲330 万円
③ 退職金の自前積立年 100 万円と仮置き (勤務医なら勤務先負担の再現)▲100 万円
④ 設備更新の内部資金年 150 万円と仮置き (15 年で 2,000 万円強の更新を想定)▲150 万円
実質手取り (自由に使えるお金)約 1,110 万円/年

※ ▲はマイナス (差し引く額) を表します。

比較対象を置きます。同じ調査で、一般病院の勤務医師の平均給料 (年度額 + 賞与) は 1,485 万円です [2]。これは額面ですから、実効負担率を仮に 3 割と置くと手取りは約 1,040 万円。そして勤務医にはこの外側に、退職金の積立と社会保険料の事業主負担分が付いています。

つまり、平均像どうしで定義をそろえて比べると、個人開業医の「自由に使えるお金」は勤務医の手取りと同じ桁に収まります。「損益率 28.8%」という見出しから受ける印象と、実際の手残りの桁は別物です。

念のため、逆方向も正直に書きます。この比較は「開業は割に合わない」という話ではありません。分布の右裾では損益率 50% 以上の施設が 1 割強あり [2]、上振れの自由度は勤務医にはないものです。また医療法人化した場合、院長 (理事長) の役員報酬は平均 2,898 万円・中央値 2,280 万円で [2]、病院勤務医の平均 1,485 万円 [2] より高い水準にあります。言いたいのは優劣ではなく、定義をそろえない比較は、どちらの方向にも人を誤らせるということです。

医療法人の4.8%はどう読むか

では法人の損益率 4.8% は「経営がぎりぎり」の証拠でしょうか。ここにも定義の罠があります。法人の損益差額は役員報酬を払った後の数字なので、院長報酬をいくらに設定するかで動きます。報酬を厚めに取れば損益差額は薄くなり、逆もまた然りです。つまり法人の損益率も、単独では経営の質を語りません (役員報酬・退職金準備・法人税負担を含めた設計の話は、医療法人化を扱う回に譲ります)。

ここから先は、自分の数字でしか進めません。今週のうちに、上の表の右列を空欄にして、直近期の損益差額 (または事業所得)、借入の年間元本返済額、積立の実額を埋めてみてください。①の税率だけは決算書と納税額から逆算できます。埋め終わったとき、「28.8%」という他人の平均値ではなく、自院の実質手取りという自分の数字で経営を語れるようになっています。

費用構造が読めると、AI投資は自分で検算できる

損益差額の定義が読めるようになると、次に見えてくるのが費用の中身です。そしてこの費用構造こそ、AI や DX への投資判断を「ベンダーの数字」から「自分の数字」に取り戻す鍵になります。

第 25 回調査によると、医療法人立の一般診療所では、給与費が収益の 50.9% を占めます (令和 6 年度) [2][3]。医薬品費 11.1%、材料費 4.8%、委託費 3.8%、減価償却費 3.8% と続き、費用合計は収益の 95.2% [2]。つまり診療所は、費用の過半が人件費で、その人件費は患者が 1 人減っても即座には減らない — 経営学の言葉でいえば「固定費型の労働集約事業」です。

医療法人立一般診療所の費用構成を示す横棒グラフ。給与費50.9%が最大で、その他20.6%、医薬品費11.1%と続き、損益率は4.8%
図 6: 医療法人立 一般診療所の費用構成 (令和 6 年度、収益に占める比率) (出典: 第25回医療経済実態調査の概要 (中医協 総-1-2) p16 [2]、2026-07-10 取得)

固定費型であることの含意を、法人の平均像で機械的に計算してみます (筆者試算)。収益約 1 億 8,987 万円・損益差額約 905 万円の平均像では [1]、収益が 1% (約 190 万円) 減って費用が変わらなければ、損益差額は約 2 割減ります。率にすればわずかな収益の変動が、手残りには増幅されて届く。これが図 6 の構造が意味することで、前章までの「損益率が数ポイント下がった」というニュースが現場で重く感じられる理由でもあります。費用側の圧力は制度も認めており、2026 年度の診療報酬改定では、物価高や賃上げに対応するための本体部分が 30 年ぶりに 3% を超える引き上げになったことを帝国データバンクが記録しています [4]。

この構造を頭に入れると、AI 電話・AI 問診・AI カルテ (スクライブ) のようなツールの投資判断は、次の型で自分で検算できるようになります。分子には「削減できる人の時間 (または増える収益)」を、分母には「導入費 + 月額」を、どちらも自院の数字で置き直す。ベンダー資料の「年間 300 万円削減」といった数字は、前提の患者数・人員構成が自院と違います。骨格には使わず参考値に格下げする、という順番です。

小さな実例を 1 つ (筆者試算)。月額 3 万円 (年 36 万円) の AI 電話を検討するとします。実調では医療法人立診療所の事務職員の平均給料 (年度額 + 賞与) は約 339 万円です [2]。年間労働 2,000 時間と仮置きすると時給換算で約 1,700 円。つまり年 36 万円のツールは「事務職員の約 210 時間分」です。自院の電話対応が年 210 時間 (診療日を年 250 日と置けば 1 日あたり約 50 分) を超えて削れる見込みがあるなら元が取れる計算になり、そこまで削れないなら見送りが正解です。この「金額を自院の人の時間に換算する」一手間が、検算の型のすべてです。

編集部の先読み — 人件費と物価の上昇は 2026 年度改定後も費用構造を圧迫し続けるとみており、「人の時間を返す」型の AI・DX 投資の優先度は相対的に上がっていく可能性が高い。ただし固定費構造ゆえに自院の稼働では元が取れないツールも多く、検算の結果としての見送りも同じ重みで正解であり続けるとみる。根拠: 第25回調査で費用の収益比が上昇しており (個人 68.0→71.2%、法人 91.7→95.2% [1])、2026 年度改定の本体引き上げも物価高・賃上げへの対応として位置づけられた (帝国データバンク [4])。

なお、個別ツールの ROI をどう組み立てるか — AI 電話・AI 受付の分子と分母の実際の置き方 — は、本記事のフレームを前提に続編で扱う予定です。

——最後に、費用構造も自院の数字に置き換えておきます。今月中に、自院の給与費率 (給与費 ÷ 収益) を計算して 50.9% [2] と並べてみる。高くても低くても、それ自体は良し悪しではありません。ただ、次にベンダーの提案書を受け取ったとき、その数字を自院の費用構造と人の時間に翻訳して検算する — 本記事の図解とワークシートが、そのための道具になります。

おわりに——数字の定義を知る院長は、経営の会話で損をしない

個人立の「損益率 28.8%」の中身である損益差額は、院長の取り分・退職金積立・設備更新資金が溶け込んだ混合体です。医療法人の 4.8% は、院長報酬を払った後に残る割合です。この定義を 1 つ知っているだけで、報道の見出しにも、ベンダーの提案書にも、税理士や銀行との会話にも、自分の座標を持って臨めるようになります。まずは自院の直近期の数字で、本文のワークシートを埋めてみてください。クリニックAIラボでは、この記事の数字を参照基盤として、損益分岐点や AI 投資の ROI 検算など「院長が自分で計算できる経営」の連載を続けていきます。

参考文献

  1. 中央社会保険医療協議会. (2025). 第25回医療経済実態調査 (医療機関等調査) 報告 (令和7年11月26日公表) の概要 (中医協 総-1-1). https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001599546.pdf(2026-07-10 取得)(一般診療所の1施設あたり損益状況と損益差額の性格に関する公式注記を収載)
  2. 中央社会保険医療協議会. (2025). 第25回医療経済実態調査の概要 (令和7年11月26日版) (中医協 総-1-2). https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001599547.pdf(2026-07-10 取得)(損益率の定義・経年推移・分布・費用構成・職種別給与・資産負債の要約資料)
  3. 健康保険組合連合会. (2025). 第25回医療経済実態調査の結果に対する見解 (中医協 総-5-1、令和7年12月3日). https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001603473.pdf(2026-07-10 取得)(支払側による実調分析。純資産比率・流動比率・給与費割合・院長年収の分析を含む)
  4. 帝国データバンク. (2026). 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査 (2025年). https://www.tdb.co.jp/report/industry/20260123-iryoukikan2025/(2026-07-10 取得)(診療所の休廃業・解散661件が過去最多、経営者の56.7%が70歳以上とする信用調査データ)
  5. 日本医事新報社. (2025). ■NEWS 24年度の一般病院の損益率は▲7.3%、一般診療所は損益率が悪化─医療経済実態調査. https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_27662(2026-07-10 取得)(実調結果の医療業界メディアによる報道。診療側の「悪化」フレーミングの一次例)