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損益分岐点を「明日の外来あと何人」に翻訳する

「1日あと何人来れば大丈夫か」——損益分岐点を外来患者数に翻訳する計算フレームを、医療経済実態調査とTKC経営指標の実数で示します。引き算1回と割り算2回、自院ワークシート付き。

執筆・監修 クリニックAIラボ 編集長現役内科医 / 医療AI研究者

朝の診療所で院長が照明を入れた瞬間、待合室にスタッフや設備を表すブロックがすでに並び、外から患者が1人歩いてくるフラットイラスト
公開
2026-07-12
更新
2026-07-12
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はじめに——「1日あと何人来れば大丈夫か」に、式で答えられるようにする

「うちは 1 日あと何人来れば大丈夫なんでしょうか」。開業した同業の先生方から受ける経営の相談で、いちばん多いのがこの形の質問です。銀行や税理士は「損益分岐点」という言葉で答えてくれます。ただ、売上高いくら、という単位のまま返ってくるので、外来の風景と結びつかないまま宙に浮いてしまう——そういう先生が多いように思います。

実は、この 2 つは同じものです。損益分岐点は、クリニックでは「1 日の外来患者数」の単位に翻訳できます。

翻訳の鍵になるのが、クリニックの費用構造です。第 25 回医療経済実態調査によれば、医療法人立の一般診療所では給与費だけで収益の 50.9% を占めます [4]。人件費と家賃を柱とする費用の大部分は、患者さんが何人来ようが同じ額が出ていく。この「固定費型」の体質こそ、患者数のわずかな増減が利益に増幅されて届く理由であり、分岐点を「あと何人」で語れる理由でもあります。

必要な計算は、引き算 1 回と割り算 2 回。用量計算より簡単です。

この記事では、①損益分岐点という概念を外来の風景に翻訳し、②診療所の費用の固変分解を公開統計で確かめ、③自院の「1 日あと何人」を出すワークシートを渡し、④その数字が AI・DX 投資の検算軸になるところまでお伝えします。

クリニックは「開けた瞬間に費用が決まる」商売 — 固定費型という体質

結論から言うと、損益分岐点は「売上高いくら」で覚える言葉ではありません。クリニックでは「1 日の外来あと何人」に翻訳できて、翻訳した瞬間に使い道が生まれます。

まず、言葉の定義を経営の教科書どおりに置きます。中小企業基盤整備機構 (中小機構) の解説では、変動費は「売上規模 (販売量) に応じて金額が増減する費用」、固定費は「売上規模に関係なく一定金額が発生する費用」です。そして損益分岐点売上高は、利益がゼロとなる売上規模のことで、「固定費 ÷ (1 − 変動費率)」で計算されます [1]。教科書はここで終わりますが、院長にとって大事なのは、この 2 種類の費用が自院の 1 日でどう見えるかです。

朝、クリニックの鍵を開けて照明を入れる。その瞬間を思い浮かべてください。看護師と受付スタッフの今日の給料、建物の家賃、電子カルテとレセコンの保守料、医療機器のリース料、駐車場代。今日という日の費用のほとんどは、まだ患者さんが 1 人も来ていないこの時点で、すでに確定しています。これが固定費です。

一方、患者さんが 1 人診察室に入るたびに新しく発生する費用は、院内で使う薬剤や注射・処置の材料、検査の外注費くらいのもので、1 人あたり数百円の桁にとどまることが多い。これが変動費です。

開院した朝の時点でスタッフ給与や家賃など固定費のブロックがすでに確定しており、患者1人ごとに小さな変動費だけが加わることを示す概念図
図 1: 開けた瞬間に費用が決まる — 患者ゼロでも走る固定費 (変動費・固定費の定義は中小機構 J-Net21 [1]。編集部作成の概念図)

つまりクリニックという事業は、費用の大部分が「患者数に関係なく出ていく」構造——固定費型の事業です。姉妹記事 (医療経済実態調査の読み方) で診療所を「固定費型の労働集約事業」と書きましたが、本記事はその「固定費型」の意味を開いて、道具になるところまで持っていきます。

固定費型であることには、2 つの顔があります。悪い顔は、患者さんが減っても費用がほとんど減らないこと。よい顔は、分岐点を越えた先では、患者さん 1 人分の収入から変動費を引いた残り (限界利益と呼びます) が、ほぼそのまま手元に積み上がることです。中小機構の定義でも、限界利益は「売上高と変動費の差額」で「固定費の回収に貢献する利益」とされています [1]。

同じ 1 人の増減でも、分岐点の手前と先では意味がまるで違う。だから、自院の分岐点が「何人」なのかを知っていることに価値があります。

医師の頭には、実はこの概念の受け皿がすでにあります。検査値の基準値です。HbA1c を見るとき、私たちは 6.5% というカットオフを知っているから、6.2% と 6.8% を違う数字として読めます。

損益分岐点は、外来患者数という「検査値」に対する自院固有の「基準値」です。基準値を知らずに毎月の患者数を眺めるのは、カットオフを知らずに検査値の一覧を眺めるのと同じで、増えた・減ったの感想しか出てきません。そしてこの基準値は、用量計算と同じ型の割り算——固定費を「1 人あたりの限界利益」で割る——で出せます (式の使い方は③で通しでやります)。

——ここまでを自院に置き換えると、明日の朝やることは 1 つです。鍵を開けた瞬間に「今日すでに確定している費用」を頭の中で 3 つ挙げてみる (スタッフの給料、家賃、システム保守料、で十分です)。それが自院の固定費の顔ぶれで、③のワークシートに入れる数字の正体です。

公開統計で固変分解を確かめる — 変動費 33.4% は「院内処方」の数字

「クリニックは固定費型」という①の話を、感覚論で終わらせずに公開統計で確かめます。

まず費用の顔ぶれから。第 25 回医療経済実態調査 (2025 年 11 月 26 日公表) によれば、医療法人立の一般診療所では、給与費が収益の 50.9% を占めます (令和 6 年度)。医薬品費 11.1%、材料費 4.8%、委託費 3.8%、減価償却費 3.8% と続きます [4]。費用の主役は人件費で、給与は患者さんが数人減った月も同じ額が出ていく——①の言葉でいえば、費用の最大費目が固定費です。なお、この調査でいう「損益差額」は収益から費用を引いた残りで、個人立では院長の取り分込みの数字です。この定義と読み方は姉妹記事「診療所の『損益差額』をどう読むか」で詳しく扱ったので、本記事では前提として使います。

ただし実調 (医療経済実態調査の業界での略称) は、費用を「固定費か変動費か」では公表していません。費目別の構成比までです。固変分解された診療所の統計として公開されているものでは、TKC 全国会の医業経営指標 (M-BAST) がほぼ唯一の実例です。M-BAST は会計事務所の関与先決算をまとめたデータベースで、令和 7 年版は診療所 8,573 件を収録し、費用を変動費と固定費に分けた「変動損益計算書」の形式で集計しています [2]。

その公開データ例——全診療科・個人立・無床・院内処方・黒字医療機関平均 (695 件) ——の数字がこうです [2]。医業収益を 100 とすると、変動費計 33.4% (内訳は材料費 31.1%、委託費 2.3%)、限界利益 66.5%。固定費計 43.9% (うち給与費 26.0%、設備費 8.3%、研究研修費 0.1%、経費 9.7%。構成比は四捨五入のため内訳の合計と計は一致しません)、経常利益 22.5%。①で置いた「限界利益」が、実在の診療所統計で 66.5% という水準で出てくるわけです。

TKC医業経営指標の変動損益計算書データ例。医業収益100に対し変動費33.4%、限界利益66.5%、固定費43.9%、経常利益22.5%の横棒グラフ (個人・無床・院内処方・黒字平均)
図 2: 診療所の変動損益計算書 — 医業収益 100 に対する構成比 (出典: TKC医業経営指標 (M-BAST) 令和7年版 データ例、全診療科・個人立・無床・院内処方・黒字医療機関平均 695 件 [2]、2026-07-11 取得)

この数字を使うときの注意が 2 つあります。1 つは出典属性です。M-BAST は会計事務所の関与先、しかもこのデータ例は黒字施設の平均なので、全国の診療所の縮図ではありません (実調のような抽出調査とは母集団が違います)。

もう 1 つが本節の見出しに書いた「院内処方」です。変動費 33.4% の中身は材料費 31.1% がほぼすべてで、その大半は院内処方の薬剤仕入れとみられます (院内処方サンプルの構成からの筆者推定)。

ところが、いまの診療所の多数派は院外処方です。令和 6 年社会医療診療行為別統計によれば、診療所の院外処方率は 80.9% [5]。院外処方であれば薬剤の仕入れは自院の費用から抜け (処方箋を書き、調剤は薬局の事業になります)、変動費として残るのは院内使用の薬剤・注射・処置材料、検査の外注費くらいになります。つまり院外処方のクリニックの変動費率は 33.4% よりずっと低く、1 桁台〜15% 程度に収まる施設が多いはずです (この幅は筆者の推定)。自院の実際の率は決算書から出せます (やり方は③で)。

変動費率が低いということは、限界利益率が高いということです。院外処方で変動費率を 1 割前後と置くなら、患者さん 1 人分の収入の 9 割前後が「固定費の回収に貢献する利益」[1] として残る。固定費の塊を、1 人あたり数千円の限界利益でこつこつ回収していき、回収し終えた点が損益分岐点——クリニック経営の骨格は、この 1 行に要約できます。

——ここまでを自院に置き換えると、今週やることは 1 つです。直近期の決算書 (個人なら青色申告決算書の損益計算書) を開いて、変動費の候補——医薬品費・診療材料費・検査外注費 (委託費のうち検査分) ——に丸をつけてみる。院外処方の院なら、丸の合計が収益の 1 割前後に収まることを自分の目で確かめられます。それが③の計算に入れる、自院の変動費率です。

自院の損益分岐点を「1日あと何人」で出す — 引き算 1 回と割り算 2 回

ここからが本題のフレームです。用量計算 (体重あたり mg で割る、あの型) と同じで、手順は 3 つしかありません。

手順 1 (引き算): 患者 1 人あたりの限界利益を出す。 外来 1 人あたりの平均単価から、1 人あたりの変動費 (単価 × 変動費率) を引きます。残りが「1 人来るごとに固定費の回収に回るお金」です。

手順 2 (割り算 その 1): 月間固定費を、1 人あたり限界利益で割る。 出てくるのが、固定費を回収しきるのに必要な月間の延べ患者数——月間の損益分岐点患者数です。これは中小機構の公式「損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率」[1] の両辺を患者単価で割っただけの、同じ式の患者数版です (変形は筆者)。

手順 3 (割り算 その 2): 月間診療日数で割る。 これで「1 日あたり何人」になり、明日の外来の風景と直接比べられる数字になります。

外来単価から変動費を引いて1人あたり限界利益を出し、月間固定費をそれで割って月間の分岐点患者数、さらに診療日数で割って1日あたり何人かを求める計算ツリー
図 3: 損益分岐点患者数の計算ツリー — 固定費 ÷ 1 人あたり限界利益 (中小機構の公式 [1] を患者数の単位に変形、編集部作成)

架空のモデルクリニックで通し計算する

型だけでは使えるようにならないので、1 回通して計算します。以下はすべて架空のモデルケースで、金額は実在のどの施設のものでもありません。前提を開いておくので、右列を自分の数字に置き換えてください。

前提モデルでの置き方
類型無床・院外処方・個人立 (架空)
外来単価診療所の入院外 1 日当たり点数 734.7 点 ≒ 7,347 円 [5] を丸めて仮置き7,000 円/人
変動費率院外処方を想定した仮置き (②参照。自院の決算から要差し替え)10%
1 人あたり限界利益7,000 − 700 円6,300 円
月間固定費TKC データ例の固定費計 4,451 万円/年 ≒ 月 371 万円 [2] と同水準の丸め350 万円
診療日数週 5 日相当月 20 日
現在の患者数1 日 40 人 (月 800 人)

計算は 3 行で終わります。350 万円 ÷ 6,300 円 = 約 556 人/月。556 人 ÷ 20 日 = 27.8 人/日。つまりこのモデルクリニックの会計上の損益分岐点は「1 日およそ 28 人」です。現在 40 人なら、分岐点を約 12 人分越えており、売上ベースの安全余裕率 (売上がどこまで減っても赤字にならないかの比率 [1]) は約 3 割ということになります。なお、このモデルは TKC 例 (収益約 1 億円の院内処方施設) より小規模な院を想定して固定費だけ同水準を借りているため、収益に対する固定費の比率は TKC 例の 43.9% より高めに出ます。型を見せるための架空の数字なので、比率の食い違いは気にせず、自院の実数に差し替えてください。

1日の外来患者数を横軸にした損益分岐図。収益線と総費用線が約28人で交わり、現在の40人、院長の取り分を織り込んだ分岐点45人がマークされた折れ線グラフ (架空モデル)
図 4: 損益分岐図を外来に翻訳する — 1 日の患者数と収益・費用 (編集部作成の架空モデル。単価 7,000 円・変動費率 10%・固定費月 350 万円・月 20 診療日。単価のアンカーは社会医療診療行為別統計 734.7 点/日 [5])

個人立の落とし穴 — 「28 人」は院長の取り分ゼロの点

ここで、姉妹記事で確認した定義がそのまま効いてきます。個人立の診療所では、院長の取り分 (勤務医でいう給与にあたる部分) は費用に計上されません [3][4]。つまりいま計算した「28 人」は、スタッフの給料と家賃は払えるが、院長自身の取り分がゼロになる点です。勤務医の感覚でいえば「病院は回っているが自分の給料が出ない」状態であり、これを「黒字ライン」と呼ぶのは実態に合いません。

だから個人立の院長の実用的な分岐点は、もう 1 段あります。自分が必要とする取り分を、固定費側に足して同じ割り算をするのです。仮に、第 25 回医療経済実態調査の個人立平均の損益差額 (約 2,631 万円/年 [3]、丸めて 2,600 万円 = 月約 217 万円) を「確保したい取り分」に置きます。(350 万 + 217 万) ÷ 6,300 円 = 900 人/月。900 人 ÷ 20 日 = 45 人/日 です。会計上の 28 人と、平均像の取り分を確保する 45 人。このモデルの「1 日 40 人」という現在地は、黒字ラインの上、しかし実調平均の取り分にはあと 5 人/日届かない位置——1 本の線ではなく 2 本の線で見ると、自院の現在地は急に立体的になります。

なお、取り分をいくらに置くべきかは生活費・借入返済・退職金の自前積立で人それぞれです。その分解は姉妹記事「診療所の『損益差額』をどう読むか」のワークシートをそのまま使ってください。

自院用ワークシート

#項目出どころ自院の数字
1外来 1 人あたり単価レセコンの月間集計 (総点数 × 10 円 ÷ 延べ患者数)。目安は 734.7 点 ≒ 7,347 円 [5]
2変動費率決算書の医薬品費 + 診療材料費 + 検査外注費 ÷ 医業収益 (②で丸をつけた費目)%
31 人あたり限界利益#1 × (1 − #2)
4月間固定費費用合計 − 変動費、を 12 で割る (給与費・家賃・リース・保守など)
5確保したい取り分 (個人立のみ)生活費 + 元本返済 + 積立 (姉妹記事のワークシート) を月額に
6月間の分岐点患者数(#4 + #5) ÷ #3
71 日の分岐点患者数#6 ÷ 月間診療日数

——ここまでを自院に置き換えると、今月の月次資料が来た日にやることは 1 つです。この表の #1 と #2 を自院の実数で埋めて、#7 まで割り算する。15 分で終わります。出てきた「1 日◯人」が、以後ずっと使える自院の基準値です。毎月レセコンが吐く患者数を、その基準値と比べて読む——検査値の読み方と同じ習慣が、経営にも 1 つ増えます。

1 人の取りこぼしは限界利益ごと消える — AI・DX 投資の検算軸

損益分岐点が出せると、固定費型事業のもう 1 つの顔——増幅——が数字で見えるようになります。

③のモデルクリニック (1 日 40 人、月の損益差額 154 万円) で、患者数が 1 割動いたとします。1 日 44 人に増えると、月の限界利益は 50.4 万円増えて損益差額は 204.4 万円。逆に 36 人に減ると 103.6 万円。患者数 (収益) の変動は ±10% なのに、損益差額の変動は ±33% です。

固定費という「てこ」の上に利益が乗っているため、入口の小さな揺れが出口で約 3.3 倍に増幅されます (= 月の限界利益 504 万円 ÷ 損益差額 154 万円、架空モデルでの筆者試算)。姉妹記事で「医療法人の平均像では収益 1% 減で損益差額が約 2 割減る」と書いたのと同じ構造で、増幅率は固定費の厚みで決まります。

1日36人・40人・44人の3本の棒グラフで年間損益差額1,243万円・1,848万円・2,453万円を比較し、患者数±10%が損益差額±33%に増幅されることを示す図 (架空モデル)
図 5: 患者数 ±10% で損益差額は ±33% — 固定費型の増幅 (編集部作成の架空モデルによる試算。個人立のため損益差額は院長の取り分込み)

1 人単位に落とすと、もっと生々しくなります。1 日 1 人の増減は、月 20 人 × 限界利益 6,300 円 = 12.6 万円、年に直すと約 151 万円です。「1 日あと 1 人」は気合いの標語ではなく、このモデルでは年 151 万円の意思決定なのです。

ここで、外来にしかない事情が 1 つ加わります。外来の診察枠は在庫にできません。今日 14 時の枠が空いたまま過ぎれば、その枠は今日限りで消えます。しかも枠が消えるとき、節約されるのは 1 人分の変動費 700 円だけで、失うのは限界利益 6,300 円まるごとです。

電話が話し中でつながらなかった初診の 1 人、予約が取りにくくて他院に流れた 1 人、無断キャンセルで空いた 1 枠。これらの「取りこぼし」は、決算書のどの費目にも載らないまま、限界利益の形で毎日静かに消えていきます。帝国データバンクの調査でも、2025 年の医療機関の倒産 66 件の主因は「収入の減少 (販売不振)」が 48 件 (構成比 72.7%) と報告されています [6]。費用の高騰局面でも、損益を最後に決めるのは結局「入口」側です。

つながらない電話・空いた診察枠・無断キャンセルの3つの場面から限界利益が消えていくことを示す概念図
図 6: 取りこぼした 1 人は限界利益ごと消える — 外来の枠は在庫にできない (編集部作成の概念図。機会損失は決算書のどの費目にも載らない)

この構造が頭に入ると、AI 電話・Web 問診・予約システムのような「入口を守る」型のツールの判断軸が変わります。ベンダー資料の「業務効率◯%改善」ではなく、**分子に「取り戻せる患者数 × 自院の 1 人あたり限界利益」、分母に「導入費 + 月額」**を置いて、自分の数字で割り算すればよい。モデルクリニックで月額 3 万円の AI 電話なら、3 万円 ÷ 6,300 円 = 月に約 5 人 (1 日換算 0.25 人) の取りこぼしを拾えれば月額と相殺、それ以上は限界利益の積み増しです。逆に、自院の電話の取りこぼしが月 5 人もいないなら、見送りが正解です。固定費を増やす投資は分岐点 (③の #7) を押し上げる方向にも働くので、「月額を固定費に足すと分岐点が何人動くか」も同じワークシートで検算できます。

編集部の先読み — 診療報酬の単価が院長の裁量でほぼ動かせない以上、クリニック経営の主戦場は「患者数の入口」に置かれ続け、AI・DX 投資の評価も業務効率より機会損失の回収 (限界利益ベース) で語られる場面が増えていくとみる。根拠: 診療所の入院外 1 日当たり点数は前回比 2.3% 減と単価側は下押しされており [5]、医療機関の倒産主因の 72.7% が収入の減少と報告されている [6]。

個別ツールの分子と分母を実際にどう置くか——AI 電話・AI 受付の ROI (投資対効果) の組み立て——は、本記事のフレームを前提に続編で扱う予定です。

——最後に、自院に置き換えるとやることは 1 つです。受付スタッフに「今週、電話を取れなかった件数と無断キャンセルの数」を数えてもらう。その人数に③で出した自院の限界利益を掛けた金額が、いま毎週消えている機会損失の実額です。ツールを入れるかどうかは、その実額を見てから考えれば十分間に合います。

おわりに——分岐点は、自院の「基準値」になる

整理します。損益分岐点は「月間固定費 ÷ 1 人あたり限界利益 ÷ 診療日数」の割り算で「1 日あと何人」に翻訳できます。費用の大部分が固定費のクリニックでは、この基準値の前後で患者さん 1 人の意味が変わり、1 人の増減や取りこぼしが限界利益の単位で利益に直結します。

次のアクションは 3 つ。③のワークシートを自院の決算書とレセコン集計で埋める (15 分)。個人立の先生は取り分の分解を姉妹記事「診療所の『損益差額』をどう読むか」で確かめる。そして受付で、今週の電話の取りこぼしと無断キャンセルを数えてみる。

本記事の金額例はすべて架空のモデルケースです。実際の経営判断は自院の実数にもとづき、税理士等の専門家にもご確認ください。クリニックAIラボでは「院長が自分で計算できる経営」の連載として、次は AI 電話・AI 受付の ROI の置き方を扱う予定です。

参考文献

  1. 中小企業基盤整備機構. J-Net21 ビジネスQ&A「損益分岐点の計算方法と経営改善に向けた活用方法を教えてください。」(回答: 中小企業診断士 岡田弘). https://j-net21.smrj.go.jp/qa/financial/Q0240.html(2026-07-11 取得)(損益分岐点・固定費・変動費・限界利益・安全余裕率の定義原典として引用)
  2. TKC全国会. (2025). TKC医業経営指標 (M-BAST) 令和7年版 データ例「全診療科 (全機関) 個人 無床 院内処方 変動損益計算書」. https://www.tkc.jp/igyou/manage_support/m_bast/m-bast_ex(2026-07-11 取得)(診療所8,573件収録の医業経営指標。変動費33.4%・限界利益66.5%・固定費43.9%の固変分解実例)
  3. 中央社会保険医療協議会. (2025). 第25回医療経済実態調査 (医療機関等調査) 報告 (令和7年11月26日公表) の概要 (中医協 総-1-1). https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001599546.pdf(2026-07-11 取得)(個人立一般診療所の損益差額 (約2,631万円・28.8%) と損益差額の性格に関する公式注記)
  4. 中央社会保険医療協議会. (2025). 第25回医療経済実態調査の概要 (令和7年11月26日版) (中医協 総-1-2). https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001599547.pdf(2026-07-11 取得)(一般診療所の費用構成 (給与費50.9%等) と個人立の損益率定義注記を収載した要約資料)
  5. 厚生労働省. (2025). 令和6 (2024) 年社会医療診療行為別統計の概況. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/sinryo/tyosa24/dl/gaikyou2025.pdf(2026-07-11 取得)(診療所の入院外1日当たり点数734.7点・院外処方率80.9%の一次ソース)
  6. 帝国データバンク. (2026). 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査 (2025年). https://www.tdb.co.jp/report/industry/20260123-iryoukikan2025/(2026-07-11 取得)(医療機関の倒産主因の72.7%が収入の減少。診療所の休廃業661件過去最多の信用調査データ)