クリニックの人件費率、目安は何%か?——4つの統計で自院を健診
人件費率の目安は、出典を変えると20ポイント動きます。院長報酬・家族の給与・集計先で中身が違うからです。医療経済実態調査・TKC・WAM・日医の公開値を定義から読み分け、最低賃金とベースアップ評価料の影響、AI投資の検算まで、自院の決算書で測る方法を示します。
執筆・監修 クリニックAIラボ 編集長(現役内科医)

- 公開
- 2026-10-03
- 更新
- 2026-10-03
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- PMID 6 件
目次Index
はじめに——「人件費率が高い」と言われたら
10 月 1 日、神奈川と東京で最低賃金が 1,279 円・1,280 円に上がりました。全国の平均 (働く人の数で重み付けした値) は 1,177 円で、引上げ額 56 円は、目安制度が始まった 1978 年度以降で 2 番目の大きさです [1]。受付のパートさんの時給を、また見直す季節です。
昨年 9 月には、日本医師会の調査 (会員の院長の任意回答) が公表されています。医療法人の無床診療所で、給与費率 (人件費率のこと) が 48.9% から 51.2% に上がっていました。同じ 1 年に、医業利益率 (収益に対する本業の利益の割合) は 7.6% から 3.6% に下がっています (令和 5→6 年度) [2]。収益が 2.6% 減り、人件費の比率が 2.3 ポイント上がった 1 年で、利益率は半分以下になりました。
「税理士さんに人件費率が高いと言われました。何%なら普通なんでしょうか」。この季節、院長の間でよく出る質問です。
結論から言うと、目安の数字は 1 つではありません。公開されている統計を並べると、同じ「無床診療所」でも 20 ポイント以上の開きがあります。どれかが間違っているのではなく、測り方が違うのです。
この記事は 4 段で進みます。
- 人件費率を、外来の風景と血圧のたとえに置き直す
- 4 つの公開統計を「誰の給与を、何で割ったか」で読み分ける
- 自院の決算書で 3 つの数字を測り、賃上げの影響まで試算する
- その数字で、AI・DX (人工知能と業務のデジタル化) への投資を検算する
人件費率は血圧に似ている
人件費率は、スタッフにかかったお金 (給与・賞与・法定福利費など) を医業収益で割った数字です。統計では「給与費率」と呼ばれることが多く、この記事では同じ意味で使います。まず外来の風景に置き直します。
1 日 40 人、外来単価 7,000 円の診療所なら、1 日の収益は 28 万円です。人件費率が 25% なら、そのうち 7 万円がスタッフの給与・賞与・社会保険料に回ります。患者さんの数でいえば、朝から 10 人目までの診療報酬が、まるごとスタッフの人件費になる計算です。
この数字は、血圧によく似ています。
血圧の値は、測り方で変わります。カフの幅、体位、測る時刻。基準値も年齢や合併症で違いますし、1 回の値より、同じ条件で測り続けた推移のほうが多くを語ります。人件費率も同じ 3 つの目で読みます。
- 測定条件: 院長自身の報酬が「人件費」に入っているか。家族従業員の給与、法定福利費 (社会保険料の事業主負担分)、派遣の費用はどうか
- 基準値の集団: 個人立か医療法人か、診療科、院内処方か院外処方か
- 推移: 毎年同じ定義で測っているか
血圧だけで循環を判断しないのと同じで、人件費率も単独では読みません。私は、少なくとも次の 3 つを並べて見るべきだと考えています。
- 人件費率 = 人件費 ÷ 医業収益。収益のうちどれだけが人に回ったか
- 労働分配率 = 人件費 ÷ 限界利益。医業収益から薬剤・材料・検査委託などの変動費を引いた「限界利益」(診療所が自分で生み出した稼ぎ) のうち、どれだけが人に回ったか
- スタッフ 1 人当たり限界利益 = 限界利益 ÷ 従事者数。1 人がどれだけの稼ぎを生んでいるか (生産性)
労働分配率は中小企業白書でも使われる一般的な指標で [3]、医業向けには TKC 全国会 (税理士・会計事務所の全国組織) も同じ組み立てで人件費の分析指標を示しています [4]。血圧・脈拍・酸素飽和度を並べて見るようなものだと考えてください。

なぜ 3 つ要るのか。院内処方の診療所では、薬の仕入れが収益と費用の両方を膨らませます。収益が大きく見えるぶん、人件費率は低く出ます。限界利益で割る労働分配率は、この「薬の素通り」を取り除いた数字です。限界利益の考え方は損益分岐点の記事で詳しく書きました。
そして、人件費率は低いほど健康というわけでもありません。
人を絞りすぎれば、院長と残ったスタッフに業務が集まります。そして診療所は、もともと人の入れ替わりが多い職場です。
米国のかかりつけ診療 (プライマリケア) で臨床医・職員 740 名を追った研究では、職員の 41% が 2〜3 年後には同じ組織のプライマリケアで働いていませんでした [5]。この研究では、燃え尽きは臨床医の離職を予測しましたが、職員の離職は予測しませんでした。著者らは、離職の原因は 1 つではないと考察しています。1 施設の家庭医療クリニックの分析では、医療アシスタント 1 人の離職にかかる費用が、年収の約 40% と推計されています [6]。どちらも米国の数字で、日本の診療所にそのまま当てはまるとは言えません。
それでも、離職の費用が求人広告費や引き継ぎの残業代として決算書に散らばり、人件費率という 1 つの数字に出てこない構造は、日本でも変わりません。
先生の決算書の「給料賃金」の行に、先生ご自身の報酬は入っているでしょうか (個人立なら入りません。医療法人なら役員報酬として入っています)。
——ここまでを自院に置き換えると、今日やることは 1 つです。直近 2 期の決算書を出し、人件費の行に何が含まれているか (院長報酬・家族従業員の給与・法定福利費・派遣費) を、顧問税理士に確かめてメモしておく。数字を比べるのは、その後です。
同じ「無床」で20ポイント違う
では、比べる相手の数字はどこにあるのか。無床診療所の人件費率を公開している統計は、主に 4 つあります。医療経済実態調査は中央社会保険医療協議会 (中医協) が行う調査、WAM は医療・福祉施設に融資する独立行政法人の福祉医療機構、TKC は前述の会計事務所の全国組織です。
| 統計 (対象年度) | 集めた先 | 個人立 | 医療法人 |
|---|---|---|---|
| 医療経済実態調査 (令和 6 年度) | 中医協の抽出調査 | 28.3% | 51.0% |
| 日医総研 (日本医師会の研究所) 診療所の緊急経営調査 (令和 6 年度) | 日医会員の院長の回答 | 27.9% | 51.2% |
| WAM 経営分析参考指標 (2024 年度) | 福祉医療機構の融資先 | 19.5% | 30.2% |
| TKC 医業経営指標 令和 8 年版 (公開データ例) | 会員事務所の顧客のうち黒字の院の平均 (院内処方) | 26.1% | 非公開 |
出典: 医療経済実態調査 [7]、日医総研 [2]、WAM [8]、TKC [9]。いずれも無床診療所の値で、医療経済実態調査は「入院診療収益なし」の区分です。
同じ「医療法人の無床診療所」で、30.2% と 51.0%。個人立でも 19.5% から 28.3% まで開きがあります。どれかが間違っているわけではありません。
カフの幅が違うのです。
先生がいま比べている数字は、どの統計の、どの開設主体の値でしょうか。
医療法人には院長が入る
いちばん大きな違いは、院長の報酬です。医療経済実態調査の記入要領では、給与費は「直接業務に従事する役員・職員」に対する給料・賞与・退職給付・法定福利費などです。個人立の開設者である院長の分は記入しません。医療法人の理事長兼院長は「院長」として含めます [10]。
その重さを数字で見ます。医療法人・無床の院長の給料と賞与は、平均 2,872 万円でした (令和 6 年度) [7]。1 施設の給与費 8,824 万円のおよそ 3 分の 1 が、院長 1 人の分です。これを引くと、給与費率は 51.0% から約 34% まで下がります (分母は調査と同じ医業収益と介護収益の合計。院長の法定福利費は引いていない概算)。
つまり、個人立の院長が医療法人の 51.0% と比べれば「うちは低い」と安心し、法人の院長が個人立の 28.3% と比べれば「うちは高すぎる」と焦ることになります。どちらも、測り方の違う 2 つの血圧を比べているだけです。以前、医療経済実態調査の記事で「自院の給与費率を 50.9% と並べてみる」と書きました。これは医療法人 (有床を含む全体) の数字です。個人立の先生は、28.3% と並べてください。
家族の給与と黒字平均
WAM の個人立が低い理由の 1 つは、家族従業員 (青色事業専従者) の給与を人件費に含めない整理にあります [8]。医療経済実態調査は含めます [10]。配偶者が受付や経理を担う診療所では、この差がそのまま出ます。WAM の母集団は機構の融資先で、全国の縮図ではありません。
なお、WAM の医療法人の 30.2% と医療経済実態調査の 51.0% の差が、定義の違いによるのか母集団の違いによるのかは判別できません。WAM は、院長・役員の報酬を人件費に含めているかを公開していないからです。
TKC の公開データ例は、個人立・無床・院内処方の黒字医療機関 606 件の平均です [9]。赤字の院は入っていません。院内処方なので材料費が収益の 31.0% を占め、そのぶん人件費率は低く出ます。同じ表から労働分配率 (給与費 ÷ 限界利益) を計算すると 39.6% です (編集部計算)。黒字の院でも、自分で生んだ稼ぎの 4 割が人に回っている計算です。
TKC が公開しているのはこの 1 表だけで、診療科別・院外処方・医療法人などの指標は、TKC 会員の会計事務所を通じて見る仕組みです [9]。顧問の会計事務所に、同業比較のデータ (TKC 会員の事務所なら、この医業経営指標 M-BAST など) を使った比較表を出せるか聞いてみてください。無料で使える物差しなら、下の医療経済実態調査の診療科別の表で足ります。
データの読み方 — 人件費率を見たら 4 つ聞く
- 院長の報酬は入っているか。医療経済実態調査では、個人立は入らず医療法人は入る。WAM の医療法人は扱いを公開していない
- 家族従業員の給与は入っているか。医療経済実態調査は入る、WAM は入らない
- 分母は何か。人件費率は収益で割るが、労働分配率は出典ごとに分母が違う。TKC は限界利益、WAM は事業収益から経費・材料費・減価償却費を引いた付加価値額 [8]、中小企業白書の企業統計は人件費や利益などを足し上げた付加価値額 [3]
- 付加価値額は「新しく生んだ価値」の大きさで、限界利益とは引く費用の範囲が違う
- 誰の集計か。抽出調査か、会員の回答か、融資先か、黒字の院だけの平均か
この 4 つが揃っていない数字どうしは、比べても意味がありません。

診療科で基準値が違う
血圧の基準値が年齢で違うように、人件費率は診療科でも違います。医療経済実態調査の無床診療所 (令和 6 年度) から抜き出します [7]。
| 主たる診療科 | 個人立 (n=施設数) | 医療法人 (n=施設数) |
|---|---|---|
| 内科 | 27.3% (408) | 52.5% (581) |
| 小児科 | 26.9% (51) | 51.7% (86) |
| 整形外科 | 34.6% (70) | 54.5% (143) |
| 眼科 | 25.8% (75) | 48.4% (96) |
| 耳鼻咽喉科 | 28.8% (48) | 54.9% (91) |
| 皮膚科 | 28.9% (50) | 52.4% (71) |
| 精神科 | 27.2% (43) | 62.4% (25) |
整形外科はリハビリのスタッフを抱えるぶん高めに出るとみられます (推定)。精神科の医療法人は 25 施設しかなく、年によって大きく振れうる値です。先生の診療科の行は、何施設の平均だったでしょうか。
小さく動いて、大きく効く
推移も見ておきます。医療経済実態調査の医療法人・無床の給与費率は、令和 3 年度から順に 49.7%、49.0%、48.1%、51.0% でした (第 24 回と第 25 回の 2 つの調査で、施設の顔ぶれは別です) [11][7]。
冒頭で触れた日医総研の調査に戻ります。医療法人・無床 6,187 施設の給与費率が 48.9% から 51.2% へ 2.3 ポイント上がった 1 年に、医業収益は 2.6% 減り、医業利益率は 7.6% から 3.6% に下がりました [2]。日医会員の院長が任意で回答した調査なので、全国の縮図ではありません。
分解すると、医業利益の減少 697 万円のうち最も大きいのは収益の減少 (442 万円) で、給与費の増加は 163 万円でした (編集部計算)。給与費率の上昇も、半分以上は収益が減って分母が縮んだ分です。
人件費は、患者さんが減っても同じ額が出ていきます。だから収益が少し減るだけで人件費率が上がり、その上昇がそのまま利益を削ります。利益率が 3.6% の体質では、収益の 2% が利益のほぼ半分にあたります。人件費率をバイタルサインと呼ぶのは、この固定費の性質のためです。

人件費が最大の費目であるのは、海外の診療所でも同じです。イングランドの一般医 (GP、家庭医) の診療所 (2024/25 年度) では、職員の人件費が経営者の GP 1 人当たり総収入の 48.1% にあたります (公表値から算出) [12]。米国の高齢者向け公的保険 (メディケア) は、診療所の費用に占める割合を定めています。医師以外の職員の報酬が 25.5%、医師の報酬が 47.5% です [13]。どちらも定義と制度が日本と違うので、水準は比べられません。持ち帰るのは、医師の報酬を含めれば人件費が最大の費目になる、という構造だけです。
——自院に戻すと、比べる相手は「同じ開設主体・同じ処方形態・できれば同じ診療科」の値です。個人立なら医療経済実態調査の 28.3% と、医療法人なら院長の報酬を入れたまま 51.0% と。そして来年も同じ相手と比べる。私は、統計の選び方より、この「同じ物差しで測り続けること」のほうが大事だと考えています。
自院の数字を3つ測る
物差しが揃ったら、自院を測ります。必要なのは決算書 1 期分と、スタッフの人数だけです。表の右端は、次の節で使う架空の A クリニックの値です。
ワークシート
| 行 | 項目 | 決算書のどこから拾うか | A クリニック |
|---|---|---|---|
| ① | 医業収益 | 個人立は青色申告決算書の「売上 (収入) 金額」、医療法人は損益計算書の医業収益 | 6,720 万円 |
| ② | 変動費 | 医薬品・材料の仕入れ、外注検査費 | 672 万円 |
| ③ | 限界利益 | ① − ② | 6,048 万円 |
| ④ | 人件費 | 給料賃金 + 賞与 + 専従者給与 + 法定福利費 (医療法人は役員報酬も) | 1,717 万円 |
| ⑤ | 従事者数 | スタッフを常勤職員何人分かに直した人数 (常勤換算)。パートは年間の勤務時間 ÷ 1,800 時間 (常勤 1 人の目安)。医療法人で④に院長の報酬を入れたら、院長も 1 人として数える | 4.7 人 |
| ⑥ | 人件費率 | ④ ÷ ① | 25.6% |
| ⑦ | 労働分配率 | ④ ÷ ③ | 28.4% |
| ⑧ | 1 人当たり限界利益 | ③ ÷ ⑤ | 1,288 万円 |
法定福利費は、個人立の決算書では「福利厚生費」にまとめて計上されていることがあります。税理士に内訳を聞いて④に足してください。内訳がわからなければ、社会保険 (健康保険・厚生年金) に加入している職員の給与・賞与について、その 15% で概算できます。TKC の解説も、人件費には給与・賞与の 15〜20% ほどの社会保険料が含まれる点に注意を促しています [4]。

A クリニックで通してみる
損益分岐点の記事と同じ架空のモデルクリニック (ここでは A クリニックと呼びます) で計算します。個人立・無床・院外処方で、1 日 40 人、年 240 日、外来単価 7,000 円。医業収益は 6,720 万円です。院外処方なので変動費は検査委託と診療材料が中心とみて、収益の 1 割と仮置きすると、限界利益は 6,048 万円です。
スタッフは常勤の看護職員 2 人、常勤の事務職員 2 人、受付のパート 1 人 (週 25 時間) と置きます。給与は、医療経済実態調査の個人立・無床の平均 (給料と賞与の年額) で、看護職員 370.9 万円、事務職員 294.1 万円 [7]。パートは賃金構造基本統計調査の受付・案内事務員の時給 1,306 円 [14] で、年 1,250 時間です。この時給は国の賃金調査 (賃金構造基本統計調査) の短時間労働者の値で、企業規模 10〜99 人・産業計・令和 7 年 6 月時点です。法定福利費は一律 15% と置きました (パートが社会保険に入らない働き方なら、そのぶん過大になります)。
- ④ 人件費 = (370.9 × 2 + 294.1 × 2 + 163.3) × 1.15 = 1,717 万円
- ⑥ 人件費率 = 1,717 ÷ 6,720 = 25.6%
- ⑦ 労働分配率 = 1,717 ÷ 6,048 = 28.4%
- ⑧ 1 人当たり限界利益 = 6,048 ÷ 4.694 人 = 1,288 万円 (パートは年 1,250 時間 ÷ 1,800 時間 = 0.694 人)
比べる相手は、医療経済実態調査の個人立・無床 28.3% です [7]。A クリニックはやや低めに出ました。院長と常勤換算 4.7 人で 1 日 40 人を回す、少人数の体制だからです。労働分配率と 1 人当たり限界利益は、他院と比べるより、自院の毎年の推移を見るために記録しておきます。
賃上げの年に、何人分か
次に、今年の賃上げを数字にします。令和 8 年度の診療報酬改定は、令和 8・9 年度の 2 年平均で本体 +3.09%、うち +1.70% を賃上げ分としました (令和 8 年度単年では +2.41%、うち +1.23%) [15]。賃上げの目標は、令和 8 年度 3.2% (看護補助者・事務職員は 5.7%) です [16]。
受付・案内事務員の短時間の時給は、全国で 1,306 円です (令和 7 年) [14]。10 月からの神奈川の最低賃金 1,279 円 [1] との差は、27 円しかありません。全国平均の時給と 1 県の最低賃金を並べた目安ですが、受付パートの相場が最低賃金のすぐ上まで来ていることは読み取れます。
A クリニックが目標どおり、看護職員を 3.2%、事務職員とパートを 5.7% 上げると、人件費は年 76.6 万円増えます (法定福利費込み)。人件費率は 25.6% から 26.7% へ、1.1 ポイント上がります。
これを外来の言葉に直します。患者 1 人の限界利益は 6,300 円なので、76.6 万円は年 122 人分、1 日あと 0.5 人分です。
ここで効くのが、外来・在宅ベースアップ評価料 (Ⅰ) です。スタッフの賃上げの原資として、初診料や再診料に上乗せして算定できる点数です。令和 6 年度改定で初診時 6 点・再診時 2 点だった点数は、令和 8 年 6 月から変わりました。新たに賃上げを行う施設は初診時 17 点・再診時等 4 点、継続して賃上げしてきた施設は 23 点・6 点です [16]。対象職員に事務職員が加わり、賃金改善計画書の作成も不要になっています [16]。
A クリニックの初診を 1 割 (年 960 回) と仮に置くと、届け出た場合に前年より増える評価料は、年 50.9 万円です。計算は 17 点 × 960 回 + 4 点 × 8,640 回 = 50,880 点で、1 点は 10 円です。新たに届け出る施設は 0 円から 50.9 万円へ増えます。
継続して届け出てきた施設は、令和 6 年度改定の 6 点・2 点分 (年 23.0 万円) をすでに受け取っています。総額は 73.9 万円ですが、前年からの増分は同じ 50.9 万円です。なお、これまで届け出ていなくても、対象職員 (医師を除く) の基本給等の合計を、評価料を算定する月の時点で令和 6 年 3 月と比べ、5.5% (看護補助者・事務職員は 8%) 以上のベースアップ等をしていれば、継続施設の扱いとなり 23 点・6 点の対象になります [16]。定期昇給はベースアップに含まれません。どちらの区分に当たるか、届出や報告の要否は、告示・通知と地方厚生局の案内で確かめてから届け出てください。

どちらの施設でも、今年の賃上げの費用 76.6 万円のうち約 3 分の 2 は評価料の増分で埋まります。残る 25.7 万円 (1 日あと 0.2 人分) は、自院で稼ぐ必要があります。この評価料は賃上げに充てることが前提のお金で、利益を増やすものではありません。
逆に、届け出なければ、賃上げの費用 76.6 万円がそのまま人件費率に乗ります。中医協の資料では、令和 7 年 7 月時点の医科診療所の届出率は 40.3% でした。
同じ資料には、中医協の分科会で出た意見も記録されています [17]。病床規模の小さい医療機関で届出が進まない背景として挙げられたのは、「事務職員が不足している中、届出書類の作成に係る事務負担」でした。無床診療所についての記述ではありませんが、事務職員 2 人で回す診療所にも同じことが起きていると、私はみています (見立て)。
日本医師会が厚生局の公表から集計した無床診療所の届出率は、令和 8 年 3 月に 59.2% です [18]。集計の主体と定義が違うので、2 つを 1 本の推移としては読めません。それでも日医の集計では、令和 8 年 3 月時点で、無床診療所のおよそ 4 割が届け出ていなかった計算になります。6 月の改定後の届出率は、今回調べた範囲では公表されていません。
事務の手が足りないから、賃上げの財源を取りに行けない。人件費率の問題が、ここで事務の時間の問題に変わります。
先生の診療所は、この評価料を届け出ているでしょうか。
——明日の診療所でいえば、今月やることは 2 つです。ワークシートの ①〜⑧ を直近期で埋めること。そして、賃上げ後の人件費の増加額を患者 1 人の限界利益で割り、「1 日あと何人分か」を出しておくこと。評価料を届け出ていなければ、その人数がそのまま来年の宿題になります。
AIで人件費は下がるのか
AI 受付、AI 電話、自動精算機。人件費の話をしていると、必ずこの提案が出てきます。
結論から言うと、AI を入れただけでは人件費は下がりません。下がるのは、浮いた時間がシフト・残業・採用のどれかに変わったときだけです。
事務の 1 分は 31 円
まず、スタッフの時間に値段をつけます。A クリニックの事務職員は年 294.1 万円、法定福利費を足すと 338 万円です。年間の勤務時間を 1,800 時間と置くと、1 時間 1,879 円、1 分およそ 31 円になります (勤務時間は仮置き)。
月 3 万円のツールを考えます (特定の製品ではなく、計算のための仮の価格です)。年 36 万円を 1 時間 1,879 円で割ると 192 時間、年 240 日の診療なら 1 日 48 分です。事務の時間を毎日 48 分返し、その 48 分がお金に変わって、はじめて元が取れます。
浮いた時間の行き先
では、浮いた 48 分はどこへ行くのか。行き先は 5 つあります。
- パートのシフトを短くする → 人件費率が下がる
- 残業を減らす → 人件費率が下がる
- 欠員を補充しない、採用を先に延ばす → 人件費率が下がる (残った人の負担には注意)
- 看護師を臨床に戻す、予約枠を増やす → 人件費は動かないが、1 人当たり限界利益が上がる
- 何も変えない → ツール代が固定費に乗るだけ

どれを狙うかで、測る数字が変わります。1〜3 なら人件費率、4 なら 1 人当たり限界利益です。5 になっていないかは、両方を見ればわかります。
48 分の行き先を 1〜4 のどれにも割り当てられないなら、今は入れない (見送る) のが正しい判断です。
ここで、採用市場の数字を見ておきます。令和 8 年 8 月の有効求人倍率 (求職者 1 人に対する求人の数) は、保健師・助産師・看護師が 2.00 倍、一般事務が 0.29 倍でした (パートを含む) [19]。事務は採れても、看護師は採りにくい。先生の診療所でいま足りないのは、事務の手でしょうか、看護の手でしょうか。
私は、無床診療所の AI・DX 投資の価値は、人件費を削ることより、「採れない 1 人を採らずに回せること」で測るほうが実態に合うと読んでいます (見立て)。看護師の手から電話と事務を剥がす投資は、人件費率には出なくても、1 人当たり限界利益に出る可能性があります。ただし、浮いた時間を実際に臨床や予約枠に回した場合に限ります。
研究で言えること、言えないこと
正直に書いておきます。AI 受付や AI 電話で、外来の受付の人件費や業務時間が何%減ったかを測った査読研究は、今回の調査では見つかりませんでした。製品を売る会社 (ベンダー) が公表する削減率は、自院で確かめる前の参考値として扱うのが妥当です。
近い領域の研究はあります。1 つは AI スクライブ (診察の会話を聞き取ってカルテの下書きを作る AI) の研究です。米国 5 施設で、外来臨床医 8,581 名の電子カルテ操作記録を追いました。導入で、記録時間は予定診療 8 時間あたり 16.0 分減り (95% 信頼区間 13.7〜18.3。真の値がほぼこの幅に入るという意味)、受診件数は週 0.49 件増えたと報告されています [20]。
1 日 8 時間の外来なら、記録が 16 分ほど減る計算です。導入した臨床医としなかった臨床医の変化を比べた観察研究で、著者らは効果を「控えめ」と結論しています。
患者からのメッセージに AI が返信の下書きを作る試みでは、5 週間の前後比較で作業時間は変わらず、負担感の指標だけが改善しました [21]。保険請求書の点検を自動化した韓国の 1 病院の報告では、処理時間が 120 分から 54 分に縮みましたが、対象は 61 件と小規模です [22]。
ここから言えるのは、AI には「時間が減る業務」と「時間は減らず負担だけ減る業務」がある、ということです。負担が減れば離職が減るかもしれません。ただ、それを人件費の数字で示した研究は、まだ見当たりません。
もう 1 つ。個人立の診療所では、院長の時間は人件費率に一切出てきません。米国 4 州の外来医師 57 名を観察した研究では、診療時間のうち患者と向き合っていたのは 27.0%、電子カルテと事務作業は 49.2% でした [23]。2016 年の米国の電子カルテ環境の数字で、日本にそのまま当てはまるとは言えませんが、院長の時間の多くが診察室の外の作業に流れうることは示しています。先生の 1 日のうち、診察室の外の作業は何時間あるでしょうか。
院長の時間を返す投資の損益は、人件費率ではなく院長の時間単価で測ります。その計算は AI スクライブの記事で詳しく書きました。
編集部の先読み
令和 9 年度もベースアップの目標が上乗せされるため、無床診療所の人件費率は少なくとも 2027 年度まで上向きの圧力が続くとみる。AI・DX 投資の評価軸は「人を減らす」から「人を増やさずに回す」へ移っていく可能性が高い。根拠: 令和 9 年度の賃上げ目標がさらに 3.2% (看護補助者・事務職員 5.7%) と示され、外来・在宅ベースアップ評価料 (Ⅰ) は令和 9 年 6 月から初診時 34〜40 点・再診時等 8〜10 点へ上がる予定と示されている [16]。
——次の提案書が届いたら、決めることは 2 つです。浮いた時間を 5 つの行き先のどれに使うのか。そして、導入前と導入 3 か月後に、同じ定義の人件費率・労働分配率・1 人当たり限界利益を測ること。動かなければ、契約を見直す根拠になります。
おわりに——毎年、同じ物差しで測る
無床診療所の人件費率は、医療経済実態調査で個人立 28.3%、医療法人 51.0% (令和 6 年度) です。ただ、この 2 つの差の大部分は院長の報酬が入るかどうかで、出典を変えれば 20 ポイント動きます。目安の数字を 1 つ覚えるより、自院の数字を同じ定義で毎年測り、同じ条件の集団と並べるほうが役に立ちます。
今年は最低賃金とベースアップの年です。決算が締まったら、ワークシートの 8 行を埋めて、賃上げが「1 日あと何人分」かを出しておく。AI・DX の提案はその数字の上で検算する。クリニックAIラボでは、この人件費率を土台に、AI 電話・AI 受付の損益を自分で計算する方法を続けて扱います。
参考文献
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- 日本医師会総合政策研究機構. (2025). 令和7年 診療所の緊急経営調査 (日医総研ワーキングペーパー No.494). https://www.jmari.med.or.jp/wp-content/uploads/2025/09/WP494.pdf (2026-10-03 取得)(日医会員の院長の回答。医療法人・無床の給与費率48.9→51.2%、医業利益率7.6→3.6%)
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- TKC全国会. (2026). TKC医業経営指標 (M-BAST) 令和8年版 データ例 (全診療科・個人・無床・院内処方 変動損益計算書). https://www.tkc.jp/igyou/manage_support/m_bast/m-bast_ex (2026-10-03 取得)(黒字医療機関606件の平均。給与費26.1%・限界利益66.0%・平均従事員数7.5人)
- 中央社会保険医療協議会. (2025). 令和7年 医療経済実態調査 調査票 記入要領 (病院・一般診療所・歯科診療所・保険薬局). https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/database/zenpan/dl/iryoukikan_youryou.pdf (2026-10-03 取得)(給与費の範囲。個人立の開設者院長は記入せず、青色事業専従者給与と医療法人の院長は含める)
- 中央社会保険医療協議会. (2023). 第24回医療経済実態調査 (医療機関等調査) 報告 -令和5年実施-. https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/database/zenpan/jittaityousa/dl/24_houkoku_iryoukikan.pdf (2026-10-03 取得)(令和3・4年度の無床診療所の給与費率。第25回と合わせて4年の推移を見るため)
- NHS England. (2026). GP Earnings and Expenses Estimates, 2024/25. https://digital.nhs.uk/data-and-information/publications/statistical/gp-earnings-and-expenses-estimates/2024-25 (2026-10-03 取得)(イングランドの経営者GP 1人当たり総収入£581,800、職員人件費£280,100)
- Centers for Medicare & Medicaid Services. (2022). CY 2023 Payment Policies Under the Physician Fee Schedule, Final Rule, §II.M Rebasing and Revising the Medicare Economic Index (87 FR 69404). https://www.federalregister.gov/documents/2022/11/18/2022-23873/medicare-and-medicaid-programs-cy-2023-payment-policies-under-the-physician-fee-schedule-and-other (2026-10-03 取得)(2017年基準の費用ウェイト。医師報酬47.522%、医師以外の職員報酬25.451%)
- 厚生労働省. (2026). 令和7年賃金構造基本統計調査 職種 第1表 (一般労働者・短時間労働者). https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000040421116&fileKind=4 (一般労働者) / https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000040421216&fileKind=4 (短時間労働者) (2026-10-03 取得)(受付・案内事務員の短時間の時給1,306円 (従業員10〜99人) など、職種別の賃金)
- 厚生労働省. (2025). 診療報酬改定について (令和7年12月24日 予算大臣折衝を踏まえた令和8年度診療報酬改定). https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001620952.pdf (2026-10-03 取得)(本体+3.09%、うち賃上げ分+1.70%。R8・R9の2年度平均)
- 厚生労働省保険局医療課. (2026). 令和8年度診療報酬改定について【医科全体版】(令和8年9月4日版) Ⅰ-2-1 医療従事者の処遇改善. https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001745823.pdf (2026-10-03 取得)(賃上げ目標3.2% (事務職員5.7%)、外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)の新点数と対象職員の拡大)
- 中央社会保険医療協議会. (2026). 賃上げについて (その2) (総-5、令和8年1月14日). https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001631270.pdf (2026-10-03 取得)(外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)の届出状況。医科診療所40.3% (令和7年7月))
- 日本医師会. (2026). 令和8年度診療報酬改定 ベースアップ評価料による賃上げ (定例記者会見資料 令和8年4月8日). https://www.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20260408_1.pdf (2026-10-03 取得)(厚生局公表から日医が集計した届出率。無床診療所41.1%→59.2%)
- 厚生労働省. (2026). 一般職業紹介状況 (令和8年8月分) について (報道発表 令和8年10月2日). https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_76397.html (2026-10-03 取得)(職業別有効求人倍率。保健師・助産師・看護師2.00倍、一般事務0.29倍)
- Rotenstein LS, Holmgren AJ, Thombley R, Sriram A, Dbouk RH, Jost M, et al. (2026). Changes in Clinician Time Expenditure and Visit Quantity With Adoption of Artificial Intelligence-Powered Scribes: A Multisite Study. JAMA, 335(16), 1408-1417. PMID: 41920565.(米国5施設の外来臨床医8,581名。差分の差分法で記録時間−16.0分/8時間)
- Garcia P, Ma SP, Shah S, Smith M, Jeong Y, Devon-Sand A, et al. (2024). Artificial Intelligence-Generated Draft Replies to Patient Inbox Messages. JAMA Network Open, 7(3), e243201. PMID: 38506805.(AI返信下書きの5週間の前後比較。作業時間は変わらず負担感が改善)
- Lee J, Cho JH, Lee WJ, Kim DH, Gong YL, Kim WT, et al. (2026). Robotic process automation for identifying missing codes on insurance claims. BMJ Health & Care Informatics, 33(1), e101821. PMID: 41927105.(韓国の1病院、請求書61件。点検の処理時間が120分から54分に)
- Sinsky C, Colligan L, Li L, Prgomet M, Reynolds S, Goeders L, et al. (2016). Allocation of Physician Time in Ambulatory Practice: A Time and Motion Study in 4 Specialties. Annals of Internal Medicine, 165(11), 753-760. PMID: 27595430.(米国4州の外来医師57名の観察。患者対面27.0%、電子カルテ・事務49.2%)
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